卒業生の活躍紹介

「出会ったすべての子を幸せにする」教師を目指して

卒業期:金星・螢会 10期生 名前:樋口 義雄さん 職業:公立小学校 校長

私は現在、大阪市内の公立小学校で校長をしております。教師を目指したきっかけは、中学生のころ、担任の教師に「樋口くんは、学校の先生に向いているな」と言われたことでした。その頃にはまだ、「教師になりたい」ということは淡い夢でしかなかったのですが、関西創価高校に入学後、創立者の「教育は私の最後の事業」との言葉に触れ、教育に対する熱い思いを知って、「自分も教育の仕事がしたい」と固く決意しました。

 

関西校は、私が入学した年に男女共学になりました。中学時代に共学化を知り、「どうしても行きたい」と考えたものの、当時の私には関西創価高校に合格できる学力はありませんでした。一年間、懸命に勉強し、飛躍的に成績をアップさせて、なんとか合格することができました。

 

入学式を迎える前に、学園から連絡があり、「中学時代に運動部でキャプテン、副キャプテンをしていたメンバーに集まってもらいたい」と言われました。私も野球部で副キャプテンをしていたのです。当日行ってみると、集まった新入生のほとんどが元野球部員。話は、「共学化を機に、野球部を作ろう」と進みました。私たちは、入学前から初代野球部員になることが決まったのです。

 

そして、1982年4月12日――。晴れの入学式が、世界的な美術史家でフランス・アカデミー会員のルネ・ユイグさんを迎えて挙行されました。創立者は、男子の「モットーの碑」の除幕式に参加されました。

 

中学時代に運動部員だった生徒たちは、「除幕式にはユニフォームを着て参加してください」と指示されており、私も野球部のユニフォームに身を包んでいました。

 

列の先頭にいた私は、創立者と向き合った瞬間、とっさに「野球部です!」と元気いっぱいにあいさつ。創立者は「わかってるよ!来年の夏、甲子園で会おう!憧れの甲子園で待ってるからね!」とおっしゃいました。

 

高校時代には、創立者から数々の激励をいただき、それが私の原点になっています。

 

そして、3年前の47歳のときに校長になりました。赴任先の小学校は、さまざまな問題が山積みでした。しかし、高校時代に目の当たりにした、一人を徹して大切にする創立者の姿を範として、「自分も目の前の子どもを徹して大切にしよう」との思いで、改革に取り組んできました。「出会ったすべての子を幸せにする校長を目指そう。それが自分にとっての甲子園だ」との思いで、これからも子どもたちに接してまいります。

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