コラム 「はずんでます」
写真家 福原 幸昭さん(38)
<聖教新聞 1989年1月15日> より引用 (写真を含む)

雪原に残る鳥や動物の足跡は、生きる厳しさを語りかけてくる。
そこに躍動する生命の美しさ、気高さを残したいと撮影を始めた。
午前3時――。
雪明りのアイスバーンの上を、尾岱沼へと四輪駆動車を走らせる。
厳寒の北海道。
道東の木々は樹氷におおわれ、車は氷雪をかんで進む。
気温は零下25度。
チカチカとダイヤモンドダストが美しい。
雪明りの森の中に、樹木が浮き上がる。
尾岱沼には、北海道研修道場がある。
漆黒の海は、夜明けとともにグリーンから黄色に、さらに区別のつけようのない色の変化の中、水平線が金色に輝き、やがてきらめく光彩のなかから黄金の光の道が自分と太陽をつなぐ――たまらなく好きな一瞬だ。
広がる雪原の朝。
すでにキタキツネの足跡が一直線にのびている。
その先にジャンプした跡があれば、それはネズミを捕らえた時だ。
ネズミは身を隠して雪の中を走る。
しかし、キツネやフクロウは、その動きを雪の上から感知する。
キツネは、1mぐらいジャンプして雪の中に顔を突っ込んでガブッと口で捕まえる。
さらに、エゾリス、イタチ、ユキウサギ、エゾシカの足跡も……。
野生の動物を撮り出してから15年になる。
“丹頂ヅル”の郷里、鶴居村に育った私は、幌呂小学校に通うころ、ツルにエサをやり親しんだ。
自分達もろくな食べ物を食べていなかったけど、ツルも腹をすかしているんでないか、とトウモロコシをやりだしたのが、ツルの保護のはじまりだった。
野生の動物をカメラで撮り出したのは、開発で次々と木が切られ、山がくずされて、鳥や動物の姿が身の回りから消え出したからだ。
いま目にしている鳥や動物の可愛らしさ、美しさ、気高さをどう残したらいいのか、と。
一昨年、かなり太い木で虫を食べていたクマゲラを撮った場所を、次に訪ねたら山肌がペロリとなくなっていた。
木を切っていくらの金になるのかは知らないが、あの樹木が育つには何百年とかかったにちがいないのに。
このような現実があるだけに、創大付属自然植物園、創価学園付属野鳥研究所の開設は、本当にうれしかった。
昨夏、ここで第1回「野鳥研究サマーセミナー」の講師をさせていただいた。
私はとりわけ冬の北海道が好きだ。
雪原に残る足跡は、動物たちの生活と生きる厳しさを語りかけてくる。
それを見るだけでも十分だ。
冬の北海道ならではの楽しみか。
雪原で、学園生や、自然を愛する友らと、動物たちの足跡や姿を探しながら、生きること、生命のこと、そして人生や未来を語り合えたらすばらしいと思う。
この厳しい冬があるからこそ、幻想的で美しい自然がある。
そしてまた、そこで心豊かに暮らす人々や、野生の動植物のたくましさに触れる時、冬の北海道はますます輝いてくる。
(北海道・白糠町)
