創価学園
霧島フィールドの動植物
霧島フィールド研究グループ
<聖教新聞文化欄 1989年4月6日〜5月18日 毎週木曜日掲載 全6回> より引用 (写真を含む)
生命の舞台
野鳥や動物達の絶好の生息地
霧島フィールド内を流れる小川
鹿児島空港から車で約40分。 緑あふれる霧島山の中腹に、創価学園付属野鳥研究所霧島フィールドが広がる。
霧島山は「霧の島」と呼ばれるほど、昔から霧の名所として知られ、日本中で最も雨の多い所の一つ。 年間平均雨量が4,500mmを超えるため、清冽な渓流をここかしこに目にすることができる。 研究所フィールドでは、石坂川とそれに流れ込む支流があり、野鳥の水場としても恵まれた場所だ。
また、薄暗い森林では、雨量の多さを示すように、着生シダ類が木々の樹皮をおおっている。 水が豊富であるということが、豊かな自然と生物相の多さを支えていると言える。
霧島は火山の多い所としても有名で、主峰韓国岳(1,700m)と高千穂峰の東西2つの峰を中心として、23座の火山群からなっている。
火山は、今も噴煙を上げるものや、火口に水がたまった火口湖など、変化に富んだ見事な景観を呈している。 火山の影響で、温泉もわき出し、前述の河川とは違った湯の川が流れている。 平地ではなく、多くの山からなる高原が、珍しい生物をはぐくんできたのである。
霧島の四季は大変美しく、春4月となれば木々がいっせいに新芽を吹き出す。 6月には雨期が訪れるが、その雨は霧島特有の気候をつくり出す。 夏は平均気温20度の高原の涼しさで過ごしやすく、秋には南九州では珍しい見事な紅葉が山々を飾る。
冬は多数の湖沼が凍りつき、天然のスケート場として利用される。 このような変化に富んだ自然にはぐくまれて、野鳥だけでなく、シカ・イノシシ・タヌキ・ノウサギ等、多くの動物も生息している。
早朝、研究所フィールドの自然観察路を登っていくと、鳥たちのさえずりが、夜の鳥の声から朝の鳥の声へと変わってゆき、山々に響いて聞こえてくる。 森林の間をぬけて、さらに登っていくと、やがて目の前が急にひらけ、眼下は山はだが露出した展望に。 そこは火山の熱で地下から蒸気が噴出する噴気地帯。 黄色のイオウが岩石に付着して、においと蒸気の勢いが、足下の大地の雄大な活動を教えてくれる。
そこからさらに観察路を登っていくと、道はますますうっそうとした山道に。 木洩日(こもれび)が木々をシルエットにし、さらに道をしばらく行くと、木々の間を静かに流れる小川が幻想的にあらわれる。 そこから足を石坂川へ向けると、やがて、『ドドド……』と激しい滝の音。 水量豊かなその流れに自然の雄大さを感じ、しばし見とれてしまう。 川沿いに観察路を下ると、河原の水たまりから温泉の蒸気が噴き出す所があり、注意して見るとその周りは緑色。
「こんなところに藻類が?」 いぶかしがって観察すると、それは緑色イオウ細菌のコロニー(集団)である。 生命の神秘にうたれながら道を辿ると、大きな広場にでる。 日当たりのよいこの場所は、野鳥が幾種類も飛び交い、絶好の観察地点。 幾筋かの小川も流れており、水面下にはゲンジボタルの幼虫が泳ぐ。 6月には、きっとこの生命の舞台は光の乱舞で美しく彩られるにちがいない。
火山の宝庫
包蔵されている地熱エネルギー
蒸気とガスが立ちこめる
霧島フィールドの噴気地帯
創価学園付属野鳥研究所霧島フィールドは、うっそうとした大樹林の中にあり、あちこちには花壇、公園、遊歩道などがある。 見事な自然環境であり、訪れる人達の心を和ませてくれる。
しかし、実は、このフィールドの地下には膨大な地熱エネルギーが包蔵されているのだ。 その一つの例が、今から18年前の昭和46年8月に起こった噴気爆発である。 折からの台風による雨水が、地下に浸透し、それが地下エネルギーの熱によって、突然、水蒸気爆発を起こし、一帯を泥沼化させてしまったといわれている。
このフィールドも含め、霧島地域一帯は火山の宝庫である。 この火山帯は琉球火山帯とも呼ばれ、日本列島の最も西の火山帯であり、フィリピン海プレートが移動して琉球海溝へ沈み込むことにより発生する火山である。
火山の形は、噴出物や噴火の様式によって大きく変わってくる。 それは溶岩の粘性の大小によるところが大きく、溶岩の温度が高いほど粘性は低く、また溶岩中のSiO
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(二酸化ケイ素)の含有量が少ないほど粘性が低くなる。
一般に粘性が低いと、溶岩は山にならずに流れ、ハワイ諸島に多く見られるような溶岩台地になる。 中程度では、溶岩はきれいに次々と積み重なり、富士山のような成層火山になる。 粘性が高いと流れずに、北海道の昭和新山のように溶岩が固まりとなって山頂を形成したり、爆発的に噴火したりする。
霧島地域の火山は溶岩火山、成層火山、砕屑火山、二重式火山などである。 溶岩火山は山体のほとんどが溶岩で出来たもので、霧島では硫黄山、中岳など。 成層火山は新燃岳、高千穂峰など。 砕屑火山は、溶岩は少なく、ほとんどが火山砕屑物(岩など)からなるもので、韓国岳、大浪池などがその種類に入る。
二重式火山は、古い火口の中に新しい火口が成長した火山をいい、外側を外輪山、内側を中央火口丘と呼ぶ。 その代表的な火山は大幡山である。 また、霧島連峰の一つ、えびの高原には、えびの地獄と呼ばれる噴気帯や硫黄山の硫気帯がある。 川湯のpHは2.0以下で、火山ガスには硫化水素、二酸化硫黄などの硫黄化合物が含まれている。
このように、霧島地域は豊かな地下エネルギー資源を持ち、今もいたるところで火山活動を続けているのである。 その火山のガスの影響で、ここ霧島地域の秋の紅葉は格別である。 それは植物体内にあるアントシアンという色素が、紅葉を起こさせる働きをしているからだ。 特に、ススキがエビ色に変化することから名づけられた「えびの高原」の紅葉は色鮮やかである。
多様な自然界
北海道や中国とも深い関係性
国の天然記念物の指定を
受けているノカイドウ
4月は入学式の季節。 今から16年前、創立者の池田名誉会長が出席され、行われた関西創価中学・高校(当時は女子校)の第1回入学式終了後、関西校の開校を記念してハナカイドウ(花海棠)の記念植樹が行われた。 この木は学園池田会館の「春の庭」にあり、毎年この時期になると淡い紅色の花を咲かせ、新入生を迎えている。
ところで霧島山には、このハナカイドウによく似た花がみられる。 「ノカイドウ」である。 ハナカイドウの原種ともいわれており、世界でも霧島だけにしかなく、国の天然記念物の指定を受けている貴重な植物である。 ノカイドウは渓流沿いや低湿地に多く、湿性で明るい所を好む陽樹である。 その性質から雨の多い霧島にしか見られないのだろう。
霧島山には、このほかにもたくさんの珍しい植物がある。 キリシマミズキやキリシマグミなどは、その代表的なもの。 また「キリシマ」という名のついた植物は多く、全部で13種類あると言われている。
標高の高い霧島山は、年平均気温が約10度。 この温度は南国というより、札幌や仙台とあまり変わらない温度である。 このため霧島の植物は北海道や朝鮮・中国など寒い地方との関係が深い。 その意味からも、ここ霧島山一帯は、植物学の上で大変興味の尽きない地域である。
創価学園付属野鳥研究所霧島フィールドも植物の宝庫である。 中心部はツツジなどが植え込まれ、人間の手によって整備されているが、一歩中心部を離れると、そこには低木の生い茂ったアカマツの二次林や大きなスギ・ヒノキの林などが広がっている。 また自然もたくさん残されており、植物の生育には絶好の環境を形づくっている。
昨年、関西創価中学・高校では、この霧島フィールドでサマーセミナーを行った。 植物の名前の由来など、実に細かく観察した。 例えば、林の中に咲いている「ホトトギス」という植物は、その花の模様が野鳥のホトトギスの胸の模様と似ていることからつけられた。 また、あちこちにあるノリウツギは、葉を引っ張ると糸状のものが伸び、そこから出る樹液が和紙を作る時の糊となることから、その名前がつけられたという。
さらにはハナイカダは葉の筏(いかだ)の上に花が乗っていいるから。 そしてランの仲間のネジバナは、文字通り、花の茎がねじれているので、その名がついたという。 ねじれといえば、木がねじれて伸びたように見えるのがネジキである。 そのほか、ヒメシャラ、ヤマボウシ、ムラサキシキブ、イタヤカエデ、エビネ、ギボウシなど、たくさんの植物が、このフィールド内にあり、観察できた。
多種多様な自然界、変幻極まりない自然界に名前をつけ、体系化したこれら植物群の数々――。 植物調査、自然観察を通し、未来に生きる学園生達の胸には、自然とは何か、を強く問う響きがあった。
自然の生命力
荒れ果てた裸地に緑の木々
裸地から森林の土地へと生まれ
変わろうとしている噴気地帯
もうもうと噴き上げる白い煙。 勢いよく噴出している蒸気の煙だ。 しかし、その周囲には、“緑の自然”がところどころに見られ、自然の持つ生命力の強さを感ぜずにはいられない。
今から18年前、水蒸気爆発によって霧島フィールドの一部は、一瞬にして泥沼化し、その上、アカマツ、ツツジなどの樹木の枝葉は焼けただれてしまった。 しかし今、その爆発の跡地にはススキが生い茂り、またアカマツが生えてきているのだ。
ところで、このススキやアカマツはいつごろから生えてきたのだろうか。 ススキは恐らく、爆発後1、2年で生えたと思われる。 アカマツの場合はどうか――。 普通、木の年齢を知るには、切り株の年輪を数えるが、アカマツは1年に1節、新しい枝が伸びるので、枝の段数を数えればおよその年齢がわかる。 数えてみると、10〜13段ぐらいあった。 つまり樹齢は10年から13年。 爆発後、数年してから生えたことになる。
一般に火山活動などで裸地化した土地に最初に生えるのは、ススキなどの草本類である。 そして有機物などによって土壌が肥えてくると、アカマツなどの陽樹の木が生えてくる。 それが大きく生長して葉が茂ると、今度は林内が暗くなるため、モミ、ツガなどの陰樹の木が生え、それが何世代にも続いていくのである。
このように裸地はススキなどの草原からアカマツなどの陽樹林を経過し、モミなどの陰樹林へと変化していく。 このような変化を植物生態学上、遷移(せんい)といい、鬱蒼(うっそう)とした陰樹林を形成するまでには、少なくとも150年はかかるといわれている。
さて、話が変わるが、霧島フィールド内を歩いていると、時折、目に入るのが石積みの炭焼きガマの跡である。 恐らく、昔は、この森林を薪炭(しんたん)林として利用したのだろう。
ところが近年、新しいエネルギーの出現によって薪や炭などの利用度は極めて少なくなり、そのためにアカマツやモミなどの木は、伐採しなくて済むようになった。 これは自然を守る上からも非常によいことである。
今、アカマツの木の下にはモミやツガなどの陰樹の幼木がたくさん生えている。 これから100年後あるいは200年後、モミなどとの相関関係からアカマツは枯れてしまうだろうが、そのあとは、モミやツガなどが生い茂り、あたりは鬱蒼としているだろう。
ともかく霧島フィールドの噴気地帯は今、緑を取り戻し、裸地から森林の土地へと生まれ変わろうとしている。 イオウの付着した岩間にはススキ群落が生い茂り、またアカマツの若木が生育し、豊かな自然を私達に見せてくれる。
この自然への回帰は、まさに植物生態学上、“生きた教科書”を見ているようだ。
野生保護の拠点
タヌキ、シカなどの哺乳類が生息
霧島にいる野生のシカ
創価学園付属野鳥研究所の霧島フィールド内には、たくさんの野生動物がいる。 タヌキもそのひとつで、たまたま日没後、同フィールド内を車で走っていると、ライトの光に反射しているタヌキの目を発見することがある。
タヌキは、古くからおとぎ話や民話などに出てきて、大変、人間に親しまれている動物で、人里近くで見られる数少ない哺乳類である。
ところで哺乳類は夜行性が多く、嗅覚が鋭い。 特に、人間の持つ匂いには、敏感である。 そのために人間が近づくより先に逃げてしまい、われわれの目に触れることは滅多にない。
しかし、生きている以上は、どこかに必ず何らかの証拠を残しているはずである。 その証拠を捜して歩くのが、これまた我々の楽しみでもある。 案の定、昨年の創価学園のサマーセミナーでも生徒達と、その証拠を捜し出すことができた。
同フィールド内の中腹に広がる青々とした芝生の中に、楕円形の黒っぽい粒があちこちに落ちていた。 2cm位の大きさのものがノウサギのものであり、1cm位の小さいものがシカの糞だ。
手にとって嗅いでみると、あまり臭いはない。 また潰してみると、植物質の細かい繊維を見ることができる。 これがノウサギやシカなどが生活していた証拠だ。 我々が直接出会い、観察出来ないだけに、これらの糞は哺乳類や野生動物を研究する上で非常に大事な手掛かりとなるものである。
山道を下りて行くと、道端のノリウツギの下の方の皮が剥げていた。 よく見ると、2本ほどの筋が平行に並んでいた。 シカが下顎の歯で樹皮をすくい取るように剥がして食べた跡だ。
さらに歩いて行くと、少し低くなったところに泥んこの空き地があった。 周りにはイノシシの足跡が残っていた。 このぬかるみは、マダニやヒルなどの寄生虫を落とすためにイノシシが泥浴びしたヌタ場である。
また林の中には、はっきりしないが、道のようなものが見える。 イノシシのケモノ道であろう。 同フィールド内を少し歩いただけで、こんなにもたくさんの野生動物の痕跡があろうとは――。 一つの驚きであった。
ところで、えびの高原にある「からくに荘」は、野生動物に会える宿として有名であり、テレビでも何度か紹介されている。 そこの管理人が十数年前から餌付けをして以来、今ではタヌキ、イノシシ、シカなどが餌を求めにやってくるという。
また、この山荘を中心に多くの人達が野生動物を研究してきた。 その結果、この地域には他に、ニホンザル、キツネ、テン、ムササビ、ヤマネ、ノネズミ類、コウモリ類、モグラ類など、20種の哺乳類が生息していることがわかった。 日本には100種以上の哺乳類が生息しているが、そのうち九州本土で見られるのが約40種。 その半数がこの地域で見られる。 恐らく、このフィールドでもその位の数はいることだろう。
このように霧島フィールドは野生動物の宝庫である。 これからますます自然保護、野生動物保護の拠点として脚光を浴びることだろう。
野鳥のサンクチュアリー
多様で恵まれた生息環境
霧島フィールドにすむサンコウチョウ
(写真提供は「日本野鳥の会」宮崎支部の中原聡氏)
野鳥達にとっては、今が1年のうちで一番、生き生きと輝いている季節である。 巣を作り、卵を産み、雛を育てるのに懸命になっているのだ。 愛鳥週間が今月10日からというのも、これでうなずけよう。
創価学園付属野鳥研究所霧島フィールドの野鳥達も今、新しい生命をはぐくむために一生懸命頑張っている。 ウグイスやホオジロなどの野鳥達は、子育てに大忙しであり、また昨年、サマーセミナーで作った巣箱に今、シジュウカラが入っており、これまた子育てに真剣である。 こうして野鳥達は新緑の中で存分に飛び回り、にぎやかな歌声をフィールドいっぱいに響かせている。
ところで、野鳥の歌声には2種類ある。 地鳴きと囀(さえず)りである。 地鳴きは、仲間同士の合図等に使われ、短くて地味な声。 一年中聞かれる声だが、一方、囀りは求愛と、自分の縄張りを宣言するための歌で、繁殖期にしか鳴かない。
おなじみの「法、法華経」はウグイスの囀りであるが、その地鳴きは「チャッ、チャッ」という目立たない鳴き声で、笹鳴きともいわれる。
野鳥の囀りは大変美しく、また複雑である。 しかし、これを人間の言葉に置き換えて覚える方法がある。 これを聞きなしといい、さきほどのウグイスの囀りの表現も、その一例である。
ほかにホトトギスの「特許許可局」、ホオジロの「一筆啓上仕り候」、コジュケイの「一寸来い」、センダイムシクイの「焼酎一杯グイーッ」など。 なかにはサンコウチョウ(三光鳥)の「月日星、ホイホイホイ」のように、聞きなしから名前がついたものもある。 こっらの聞きなしは、音の高低や抑揚まで実に見事に、その鳴き声の特徴を表している。
草木の茂みの中にいる野鳥を直接観察することは難しい。 姿が小さくて見えないからだ。 そんな時、昔から語り継がれてきた、この聞きなしが役に立つのである。 また、これを覚えるのが野鳥観察の第一歩ともいえる。
昨年のサマーセミナーでは、悪天候のため十分な観察はできなかったが、それでもコゲラ、アオバト、ヤマセミなど13種の野鳥を観察することができた。 下見での調査の分も含めると、全部で20種の野鳥を、このフィールド内で確かめたのだが、記録によるとまだまだたくさんの野鳥がいることが、分かっている。
野鳥の生息地として多様な環境と豊かな自然を証明する猛禽類のクマタカの巣も現在、同フィールド内に残っており、今後の調査によっては恐らく100種類上の野鳥が観察できるであろう。
自然界のバランスを保つために、野鳥達は重要な役割を果たしている。 この自然のバランスが崩れると、自然の一員であるヒトの生活も脅(おびや)かされる。 "Today Birds Tomorrow Men"の野鳥保護のスローガンを心に刻み、この霧島フィールドを野鳥のサンクチュアリーとして大事に守り育てていきたい。