タンチョウ
このページの写真は、委嘱研究員・福原幸昭氏 撮影

創価学園付属野鳥研究所

“サンクチュアリ”に生きる

高田 勝



<聖教新聞文化欄 1988年9月1日〜29日 毎週木曜日掲載 全5回> より引用


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  1. 春を呼ぶ鳥
  2. ヒバリ、無数のカモ、ノビタキが…

    ハシビロガモ  北海道東部の冬は、長く厳しい。 10月に、すでに初冬の気配が漂い、間違いなく冬が去ったと誰もが感じるのが5月の初め頃だから、1年の半分は冬だといっていい。
     しかし、日の長さや気温が冬であっても、小さな春の訪れを確実に感じさせてくれるものがある。 ちょっぴり気の早い、南国からの渡り鳥たちである。
     毎年、きまって最初にやってくるのはヒバリだ。 ヒバリは、日本中で春の代名詞となっている鳥だが、この“サンクチュアリ”周辺ではいささか様子が異なる。 のどかな緑の麦畑や、華やかなレンゲ畑の上空で、複雑なメロディーを朗々と歌うのがヒバリ……と思っている人は、この地に最初にやってきたヒバリを見たらびっくりするにちがいない。
     3月20日……これが、毎年ヒバリがやってくる日の平均なのだが、この時期、まだ大地は深い雪に覆われ、湖や川には厚い氷が張り、海は流氷で埋めつくされ、夜には気温マイナス20度を越えることも稀ではない。
     それでもヒバリたちは、果敢に雪原に舞い降り、寒風に身をすくめながら「ビルル、ビルル」とつぶやいて、冬のカーテンを少しでも開けてやろうとする。
     恐らく、彼等のうちのあるものは、あまりの寒さと餌不足に耐えきれず、吹きすさぶ地吹雪の下に永遠に埋もれてしまうのだろう。
     しかし、生き残ったもののつぶやきが、ある晴れた日に突然美しいさえずりに変わる劇的な一瞬を知る人々にとって、ヒバリはやはり嬉しい春の使者であり、南国の人々より何倍もの感動を与えてくれる。
     同じころ、尾岱沼や野付の海には、無数のカモたちがやってくる。 彼等はヒバリと違って、この辺りに留まるつもりはなく、何日か羽を休めると、もっと北の、もっと過酷な原野……シベリアやアラスカに移動していく。
    ベニマシコ  オナガガモ、ヒドリガモ、ハシビロガモ、クロガモ、コオリガモ等々、幾種類ものカモたちが、束の間の休息場にするこの辺りの海は、当然のことながら、彼等の幅広い食事の好みに充分応えられるだけの量を持った食料庫でもある。
     ここでたっぷり栄養をつけ、休息を充分にとったカモたちが、次から次へと北へ向けて飛び立つようになると、冬の間の主役をつとめていたオオハクチョウも、つられるように翼を広げ、10羽、100羽と水面を蹴って、後に続く。
     カモやハクチョウが去り、ヒバリのさえずる日が増すと共に、春の幕開けを手伝う鳥が陸続とやってくるようになる。
     真っ赤なベニマシコがパラパラと羽音をふるわせ、白と黒のノビタキが牧柵(ぼくさく)を尾羽でたたくようになると、雪原のあちこちに土が顔を見せはじめ、フクジュソウが金色の花を咲かせ、海は遠く広く、青い輝きを取り戻して、名残りの流氷が3つ4つ、頼りなげに浮かぶばかりとなる。


  3. 草原のスターたち
  4. 美しく歌うノゴマ、オオジュリン

    ノゴマ  この地方の夏は、爆発的にやってくる。 「春めいてきた」というのは、「夏がやってくる」というのと、ほとんど同じことなのだ。 それは、花を見ても虫を見ても、鳥を見てもいえる。
     フクジュソウが雪を割って、黄金色にはじけたなと思っていると、林の中では夢見るように美しい水色のエゾエンゴサクのカーペットが生まれ、湿地にミズバショウの白い筆がニョキニョキと立ち、ピンクのユキワリコザクラが海の青に負けじと崖を彩る。
     こうなるともう、収拾がつかないといった方がいいくらいのスピードで花々が次々に咲き競い、虫は数を増していく。
     いかに鈍感な人間でも、この中にあっては胸の高まりをおさえることはできない。 人間が生きものの一員であることを、何よりも強く感じる時である。
     花や虫などがもっとも目立つのは開けた草原であり、この辺りにはそうした環境が多い。 そして、そこは華やかさを一身にまとった、スターと呼ぶにふさわしい小鳥たちの天国でもある。
     サンクチュアリの草原でもっとも目立つ鳥はといえば、まずノゴマだろう。 ツグミ科のこの鳥は、仲間のどれもがそうであるように、端正なスタイルと、音量のある美しい歌を持っている。
     が、何よりもその赤い喉(のど)が、この鳥の名を高めているのだ。 ノゴマという名前そのものは、『野の駒鳥』からきている。 近い仲間のコマドリが森の鳥なのに対して付けられたのだが、色彩や声はまったく異なる。
    オオジュリン  土地の人々の呼ぶ『日の丸』や『喉赤』の方が、ずっとこの鳥の特徴を表している。
     英名も『ルビースロート(ルビー色の喉)』で、まさしく、声にせよ姿にせよ、喉が売り物の鳥なのである。
     対象的に、全身を赤くして目立っているのがベニマシコ。 マシコというのは『猿子』と書いて、すなわち赤い鳥を表す。 紅猿子というのだから、これはもう赤いが上に赤いのを誇っている。
     シマアオジも、サンクチュアリ周辺の草原の、一方の雄だ。 チョコレート色の背中に、真っ黄色の腹、そして胸に黒い帯……とくれば、もうそれだけで派手な上に、この鳥もまたすばらしい歌い手ときている。 ハマナスやエゾカンゾウの花の上にとまって歌っている所などは絵以上に美しいし、その歌を聞きながら草原に寝そべっている一時ほど至福を感じさせるものはない。
     けれどもぜいたくなもので、こうしたスターたちがひしめいた中にしばらくいると、豪華な料理を食べすぎて胃がもたれたように感じることもある。
     そんな時には、草原でもちょっと湿った所に行って、地味な茶色に黒帽子のオオジュリンが、ヨシの細茎にとまって揺れながら、「ジュン、ジュン、ジュリン」と静かに鳴いているのに耳を傾けるのがいい。


  5. 森のスターたち
  6. 美声を誇るキビタキ、アオジ

    キビタキ  草原にスターがいるように、森にだってスターはいる。 たとえばキビタキだ。 この鳥は、明るい林にも暗い森にも住んでいる。
     黄色と黒と白とオレンジ……おそらく、日本の野鳥の中でもトップクラスのおしゃれで、しかもその歌は「ピッコロ ピッコロ」と明るく、美しい。 天は二物を与えてしまうという、典型のような鳥である。
     しかし、このキビタキにしても、姿を見るのはむずかしい。 森や林の鳥は、総じて人間の目にはつきにくいものなのである。
     それに、やはり草原の鳥に比べると、色彩の点では及ばない鳥が多く、キビタキなどは例外といっていい。
     そのかわり、声の美しさこそは、森の鳥が誇る最大の特性、武器である。 暗い森で、仲間同士の連絡をとりあうために、これは必要なことでもある。
     サンクチュアリ周辺でもっともたくさん聞かれるのは、アオジであろう。 ホオジロの仲間のこの鳥は、胸が黄色くて、時には美しく見えることもあるが、どういう訳か、ほとんどの時はくすんだ鳥にしか見えない。
     しかし、「チョッピンチョロリーチュリッ」とリズミカルなその声が、林という林から聞こえてくるとき、季節を実感しないわけにはいかない。 個体数もきわめて多く、おそらくこの辺りの野鳥で一、二を争うから、姿を見る機会も、森林性の鳥の中では多い。
    アオジ  古来『焼酎一杯グィーッ』と鳴くというので有名なセンダイムシクイも多い。 が、実際にはそんな嬉しい鳴き方ではなく、「チヨチヨ、ビィーッ」あるいは「ツツジィー」と、もっと単調だ。
     複雑な歌声の日本一はミソサザイ。 これも川の近くには多い。 全身黒褐色に、淡い褐色斑を散らした、粋な鳥だが、なにせ体長10cmほどしかないチビ助の上に、森の地上をせかせか動きまわりながら鳴くので、姿を見るのは容易ではない。 けれども、日本最小の鳥の一つでありながら、その声量は驚くばかりで、しかも複雑きわまりないメロディーを延々と続ける。 鳴鳥のチャンピオンだ。
     声の大きさで上を行くのはエゾセンニュウである。 「トッピンカケタカ」と、これはもう、歌というよりは叫びに近い。 ホトトギスに少し似た声なので、ヤブホトトギスの呼び名もあるが、土地の人々はこの声を「ジョッピン(錠前)掛けたか」と聞く。
     エゾセンニュウは昼間よりも夕方や夜によく鳴くが、同じくトラツグミも暗い時に鳴く。 「ヒー、ヒョー」と口笛のようなその声は、どこかもの悲しい。 伝説の怪物ヌエとは、この鳥だといわれるが、可愛い顔をしている。
     その他にも、エゾムシクイ、アカハラ、サメビタキなど、喉自慢がまさにメジロ押し。
     道東の夏の夜明けは早い。 3時にはすでに明るく、そしてその明るさに磨きをかけるように鳥たちは歌う。 荘重、華麗な北辺の森のコーラス……早起きは三文どころの徳ではない。


  7. 厳寒に生きる鳥たち
  8. 珍客のユキホオジロ、ベニヒワ

    アカゲラ  夏は突然やってきて、突然去る。 8月にはもう、秋風が立ちはじめ、北国から南国はるかを目指すシギやチドリの群れが海辺にやってくる。
     春に立ち寄ったカモ達も、逆コースをたどって、再び野付の海に束の間の休息をとる。
     9月になると、森や草原でヒナを育てた小鳥たちが次々に姿を消し、10月には原野はひっそりとしてしまう。
     しかし、鳥が居なくなってしまったのではない。 留鳥と呼ばれる、土地の鳥たちが、いよいよ土地者としての真価を見せる時がやってきたのだ。
     シジュウカラ、ゴジュウカラ、ハシブトガラ、コガラ、ヒガラなどのカラ類と呼ばれるグループや、アカゲラ、コゲラ、ヤマゲラなどのケラ類(キツツキ類)のグループが、その代表格である。
     彼等は夏の間、他からやってきた鳥たちの華々しさに押されて、陰に隠れていたのだが、さていよいよ寒くなると、それに対抗するように賑やかになってくる。
     といって、べつに歌を歌う訳ではない。 歌はやはり夏の間だけのものだ。
     賑やかさ……それは、彼等がお互いに混じりあって、混群と呼ばれる大きな群れをつくるところからくる。
     森の木の葉がハラハラと地上に落下していくその中を、まるで重力に反発する木の葉のように横に枝移りしていく小鳥の群れは、眠りつつある森を揺り起こしてでもいるかのようだ。
     これらの鳥たちはまた、人が用意した餌にいとも簡単にやってきて、庭先を賑わしてもくれる。 −−そう、寒いときでなければできない、鳥と人との交流の中で、カラ類とケラ類は主役なのである。
    ベニヒワ  一方、寒さがより厳しくなって、草原が雪原に変わるようになると、遠く北極圏から珍客たちがやってくる。
     見るからに冬らしい、白い装いのユキホオジロ、渋い萩色をしたハギマシコ、頭にチョコンと小さな赤帽をかぶったベニヒワなどがそれであり、サンクチュアリ周辺は、これらの鳥がほぼ毎年見られる恵まれた所でもある。
     厳寒の申し子のようなこれらの鳥たちにとっては、いかな道東の冬といえども、快適な越冬場所に過ぎないらしく、猛烈な吹雪の日にすら、群れなして飛びまわっているのを見るのも稀れではない。
     一方、秋にこの地方に数万という単位でやってくるオオハクチョウは、餌場や休息場の湖や川が凍りはじめると、やむなく、より南を目指して飛んでいく。
     しかし、尾岱沼周辺の湾は結氷せず、アマモなど餌となる水草が豊富なので、毎年数千羽がそのまま越冬する。
     上空を舞うワシ共々、大鳥、小鳥がひしめいて、ここは冬もやっぱり賑やかなのだ。


  9. 天然記念物の鳥たち
  10. 全長80cm 世界最大のフクロウが

    クマゲラ  サンクチュアリ周辺には、8種類の天然記念物の鳥が見られる。 タンチョウ、コクガン、ヒシクイ、マガン、シマフクロウ、オオワシ、オジロワシ、クマゲラがそれである。 日本で指定されている天然記念物の鳥の、何と3分の1にあたる。
     ただし、天然記念物に指定されるということは、裏返せば数が減ってしまったということであり、そう簡単に見られる訳ではない。
     ところが、マガン、シマフクロウ、クマゲラ以外の5種類が、いとも簡単に見られるのだから、すばらしい。
     タンチョウは当幌川川口や野付半島で繁殖しているし、コクガン、ヒシクイ(これもガンの仲間)は秋に、海上に大群でやってくるし、オジロワシとオオワシは冬の雪原や流氷の上で、必ず見ることができる。
     容易に見られない鳥のうち、マガンは元来の渡ってくるルートが違うためで、他では容易に見られるところがある。また、クマゲラは、単独行動がほとんどで、生息数が少なく、いつでもとはいかないが、河畔の枯木の多い所には時折やってくるし、このカラスほどもある巨大なキツツキが木をほじくった跡を見ることは、さほど困難ではない。
    シマフクロウ  もっとも見ることがむずかしいのはシマフクロウである。 全長80cm近いこの鳥は、世界最大のフクロウであると共に、魚を主食にする、という変わった習性をもっている。
     しかし、巣穴となる大きなウロを持った木が、人間の役に立たぬからとどんどん伐り倒され、川の魚がめっきり減ったことも加わって、今では絶滅が心配されている。
     幸い、ほんの一部ではあるが、この鳥の保護に熱心な人々の努力が実を結びはじめ、謎の多かったこの鳥の生態が次第に明らかになると共に、餌付けや巣箱の有効性も立証されるようになってきた。
     人の勝手で追いつめてしまった野生は、人の努力で回復させてやらねばならない。
     最終的には、最良の環境を復原してやらなければ、いくら数を増やしても仕方ないのだが、今は、その数そのものが問題である。
     サンクチュアリのへりを流れる当幌川は、かつてこの鳥の絶好の住みかであった。そして今でも、時折生き残っていることをうかがわせる情報がある。
     珍しいからと、興味本位にカメラで追いまわす人が多い中で、せめてこの鳥の安住できる場を1カ所でも多く確保してやりたいものだし、サンクチュアリはその可能性を十分に秘めている所である。
     野生そのもの、神秘そのもののこの鳥が、サンクチュアリを基点に増えていってくれる日が、いつか来て欲しいと願わずにはいられない。
     同時に、タンチョウやワシやクマゲラにとっても、この場所がせめて安らぎの持てる場になればと思うし、またそれでこそサンクチュアリであると思う。




たかだ・まさる (ナチュラリスト)

 1945年、名古屋市生まれ。 早稲田大学商学部卒。 雑誌記者を経て、根室市で民宿を経営するかたわら、野鳥に囲まれて、執筆活動を続ける。 主な著書に『ニムオロ原野の片隅から』『ある日、原野で』『雪の日記帳』『野鳥』『コンチネンタルバーディング』など。


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