INSTITUTE of NATURAL SCIENCE and EDUCATION in SOKA SCHOOL SYSTEM

野鳥・自然環境研究所報告

title.gif

第3巻第3号 (通巻第11号)

2003年11月3日 発行


――実践報告 “綿を育てて、綿を活かして”――

関西創価小学校教諭  太田 総二郎


Bar


  1. どうしてワタの栽培活動なのか
  2. ワタの収穫作業
    写真1
     「総合的な学習」や「生活科」で栽培活動が大きな柱となっていることはだれもが認めるところである。本校でもかねてから栽培活動は盛んで、さつまいもをはじめ野菜や稲作に取り組んでいる。そしてさらに発達段階にふさわしい栽培活動はないものか検討を続けている。
     私自身2年間続けて、2年生の担任になり、子どもたちが「へぇー!」「そうだったのか!」と驚きの声をあげながら、そして「子どもたちなりの納得」のいく教材はないものかと考えてきた。
     「総合的な学習」や「生活科」に限らずどの教科でもそうだが、新しい取り組みには教員同士の話し合いが大切である。特に栽培活動では、携わる教員の教材観に「温度差」があると子どもたちの毎日の活動に少しずつ「ずれ」が出てくる。
     栽培活動の場合は水やり一つにしても「成育の上で必要」なのは当たり前だが、「作物をより良く育てようとする工夫」を子どもたちの「育ち」に求めたい。
     そうすると水やりの「水の量」「まく時間」などに観察や調べ学習が生かされてくる。ところが担任間で教材観に違いがあると、同じ学年農園でクラスを越えて担任と子どもたちが作業をするので、水やり一つにしても何かと取り組みの「差」が出てくるものである。

     さて「ワタ」を題材に選んだのは次の二つの理由からである。
     一つは、綿花の存在はよく知られているが、子どもたちも「実物を見たり、触ったり」したことがあまりなかったことである。この綿花という言葉にしても、あのフワフワした「ワタ毛」はワタの花ではなく、ワタの実であることは子どもたちに限らずあまり知られていない。私自身も今回初めて知った。このように言葉の使い方一つをとっても、ワタは身近なようで、実は正しく知られていない。2年生の子どもたちに綿花を見せて、「これはどうやってできるのかな?」と尋ねてみると何人かが「機械でできる。」と答え、綿花を合成繊維のように考えていることがわかった。綿花という身近な素材を詳しく知らせたいというのが一つ目の理由である。
     二つには環境教育として捉えてみた。私たちは日常的に多くの綿製品を使っている。例えばジーパン、スポーツシャツなどである。ワタの学習を通して、毎日身につけているこうした製品は「ワタ」が姿を変えたものだと知ることができる。そして栽培活動の苦労を知った子どもたちに「製品を大切に使おう。」とする心や、着古したものを「リサイクル」しようとする工夫が育っていくことを願った。

     そして4年前から各種の研修会に参加させてもらう機会の中で、栽培活動を通して「心の育ち」や「学ぶ意欲」を伸長させようとする試みが意外と少ないことに気づいた。関西創価小学校では各学年で栽培活動に積極的に取り組んでおり、その成果を公表して、またその内容に工夫を加えたいと考えた。


  3. 栽培活動を通して
  4. 収穫の喜び
  5. 綿毛がつまったコットンボール
    写真6
     5月から様々な苦労と工夫を重ねながら栽培してきたワタの栽培も、10月から11月にかけて収穫の時期を迎えた。大きくなったワタの木に一杯、ワタの実がなっている。緑色の皮に包まれた実は「コットンボール」と呼ばれている。コットンボールの中にあのふわふわした綿毛が詰まっていて、綿花になっている、そう想像するだけでも子どもたちの心はわくわくしてくるようだ。振り返りカードにも「あの小さかった綿のたねがこんなに大きな木になってうれしい。」「コットンボールの中で、ワタが表に出るのをじっと待っている、早く出してあげたい。」といった内容が記されていた。
     そして収穫の作業に入った。コットンボールがはじけて真っ白なワタ毛が見えているものを摘んでいった。ゆっくりワタ毛を取り出し、子どもたちの手のひらに載せていく。コットンボール2つ分でもう手のひらはワタ毛で一杯になった。「わあ、やわらかい。」歓声が上がり、子どもたちはワタ毛のふわふわした感触をうれしそうに確かめていた。
     また不思議なことにコットンボールが弾けてワタ毛の収穫ができるのは、よく晴れた日が続いたときである。子どもたちもそのことを知って、晴天が2日以上続くと農園のワタの木の周りで目を皿のようにして、コットンボールを観察していた。


  6. ワタを使って
  7.  いよいよ収穫したワタを使って作品作りに取り組むことになった。生活科の目標に「(略)自然を大切にしたり、自分たちの遊びや生活を工夫したりすることができる。」 とあるように、身近に使われている木綿や綿花を子どもたちの作品で使うことで、ワタを子どもたちの生活に取り込んでいきたいと考えた。

  8. まとめ
  9. こんなに大きなワタが取れました!
    写真9
     こうして取り組んできたワタの栽培と、ワタくりやワタの糸のプレゼント作り、またワタを使った絵画。これらの活動を通して子どもたちにとってワタが身近に感じられ、人とワタの繋がりがよく理解できたように思う。ふり返りカードのなかにも「大きなワタの木からきれいな実がとれた。たくさんの綿花でいろいろなことができた。ワタの木はかれたけど、また種ができた。おうちでもワタをうえたいと思う。」、「ワタで作られているものをぼくたちが着ているけど、ワタがどうやって着る物に変わっていくのかよくわかった」とあっ た。生活科の目標には「(略)自然とのかかわりに関心を持ち、自分自身や自分の生活について考えさせる(略)」とし、子どもたちが取り組みに対して心惹かれ、親しみや知的好奇心・探求心を覚え、驚き喜ぶことを大切にしたい、とある。春から秋までの栽培活動は、子どもたちがワタの成長の様子を五官を通して体感できたものであった。またその後のワタを使った学習は、まさに「文化の継承」につながるものであったと思う。
     今回のワタの学習を通して、活動の順番や事前の準備の大切さ、振り返りの場面を子どもの理解と感動を見据えながらどう持つのか、栽培活動を学習活動とするためのいくつものことを教えられた。「ワタの学習」を通して学んだことを糧として、今後も「身近な自然」を子どもの「育ち」の中に取り込める栽培活動に取り組んでいきたい。


 なお、この報告は、2002年度日本児童教育振興財団主催の「わたしの教育記録」に入選、小学館「小1教育技術2003年2月号」と「小3教育技術2003年2月号」に掲載されたものに加筆しました。
 ノートルダム女子大学学長梶田叡一氏より、「『ワタを育ててワタを活かして』は生活科の活動展開の典型的な姿を、入念な構想と準備を土台にしながら、優れた形で示すものである。こども一人ひとりの自主的な活動と個性的な体験を重視した学習だからこそ、子どもにも教師にも明確な目標意識が不可欠であるという指摘は、『でたとこ勝負』になりがちな生活科や総合的な学習の取り組みに対して示唆するところが大きい。」との選評(総合教育技術2003年2月号掲載文)を頂いた。このように評価頂けたことも、本校の「地道な栽培活動」を通して生活科や総合的な学習(本校ではその趣旨を取り入れて、さらに「ライフ科」、「創価タイム」として発展充実させようと試みている)を進めるうえで大きな自信となった。
 また何より創立者から「おめでとう、掲載されたらすぐに拝見します。」との伝言をいただけたことや、その後の研究活動への励ましには、心から感謝申し上げている。どんな環境教育にも、「育てたい心」の存在を欠いては知識理解の範疇でしかない。その「心」を育てるうえで、創立者の「教育提言」また学園への折々の指導を紐解いていくことが、わたしたち教員にとって大切であることは論をまたない。

 ※ 参考図書 農文協 「ワタの絵本」 ひびあきら編

以上

Bar

Home Back